東京高等裁判所 昭和46年(行コ)31号 判決 1972年10月30日
控訴人
星侑
右訴訟代理人
田平宏
外二名
被控訴人
国税庁長官
近藤道生
右指定代理人
野崎悦宏
外五名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四一年三月二四日付官総七―六六をもつてなした税理士懲戒処分を取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、次に付加訂正するほかは、原判決の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴代理人は、「一、控訴人には懲戒処分の根拠となつた税理士法三七条違反の事実はない。同法一条は税理士法全般の解釈基準となるものであるが、国が税理士制度を設けた趣旨は、税理士が納税者の代理等の業務をなすにあたり、納税者の信頼と国家の期待にこたえて、納税義務が適正に履行されるよう申告納税制度の円滑、適正な運営に資することを期待することにあり、税理士業務はこのような社会的公共的性格を有するのであるから、税理士業務を税理士のみが営むことができる独占的業務とすることにより税理士に対し職業上の特権を与え、同時にこれに伴う業務を課することとしているのである。税理士業務のこのような公共性に鑑み、税理士が納税者の委嘱を受けてその業務を行なうに際しては中正な立場と良心を堅持すべきであり、同法一条は前述の趣旨に鑑み、税理士業務に関する信頼の保持とこれに伴う義務を定めたものであり、税理士業務を離れた一般的義務を定めたものではない。そしてこの点が同法三七条解釈の重要な指針となるのであり、同法四章は右一条を受けて税理士の権利義務と題してその具体的義務を定めているのであり、同章はあくまで税理士業務に関する権利義務を定めたことは明らかである。このような観点からすれば、同章三七条も「税理士は税理士業務を行なうにつき税理士の信用又は品位を害するような行為をしてはならない」との趣旨に解釈すべきことは明らかであり、これ以外の税理士業務に関しない一般的信用ないし品位の保持に関する義務をも含めて定めたものではないのである。しかるに、本件処分の対象となつた事実は物品税の課税標準に関するものであり、物品税に関することは税理士法二条からも明らかなように税理士業務には含まれない。したがつて、かりに被控訴人主張のような事実が存在したとしても、税理士法三七条違反の問題として取り上げられるべき筋合ではなく、被控訴人のなした本件懲戒処分は同条の解釈を誤つてなされた違法がある。二、東京エアゾル化学株式会社の扱つていた物品は物品税法の第二種物品にあたり、この課税標準は、所得税法、法人税法等の課税標準とは異なり、具体的な時価を指し、税務署の職員が査定または決定しうるものではないのにかかわらず、本件懲戒処分には右を誤解した違法がある。三、控訴人に対する懲戒処分手続の着手は昭和三八年七月三日付質問てん末書にはじまつたのであるが、処分理由の基礎となつたおそい方の事実の発生時点である昭和三四年八月一〇日から起算しても右着手までに約四年を経過しており、さらに予告通知の日である昭和三九年七月二日までには約五年、懲戒処分の通知の日である昭和四一年三月二四日までには六年八月を経過している。税理士法には規定はないが、弁護士法六四条、刑法一九八条一項、刑事訴訟法二五〇条五号の規定の類推適用により、本件懲戒処分の基礎になつた各事実は時効にかかつているものと解すべく不問に付されるべきである。したがつて、右懲戒処分は違法である。四、かりに弁護士法六四条、刑事訴訟法二五〇条五号の類推適用が認められないとしても、本件供応の金額は多額でなく、しかも本件懲戒処分理由の基礎となつた事実のあつた時以降、本件懲戒処分の通知の時までの間、控訴人は関係税務署員と酒食を共にしたことはなく、この間社会的にも平穏のうちに実害なく推移し、右事実はいわゆる「埋もれた事実」として沈潜し、社会秩序も完全に回復されたとみられるのであるから、このような事案につき控訴人に対し本件のような重い懲戒処分を課することは、懲戒処分制度の目的に違背し、条理上明らかに不当であり、本件処分は裁量権の範囲をこえた違法なものといわなければならない。本件懲戒処分は感情的原因を唯一の根拠としてなされたものであるからしても、右処分は裁量権の濫用によつてなされたものである。」と述べ、
被控訴人代理人は、「一、税務署員と納税者との間に歓送迎会を開催するような慣行は存在しない。かりに右のような歓送迎会が当時一般慣行として行なわれていたとしても、その行為が正当化されるものではない。本件の昭和三四年七月二八日の間税課長歓送迎会は招待を受けた署員の顔ぶれからみても、単なる懇親のためではなく、物品税調査等に関し便宜の取扱いを託する趣旨であることは明らかである。二、税理士法一条は、税理士がいわゆる自由職業家としての中正な立場と良心を堅持し、的確健全な業務の遂行により納税義務者の信頼と税務官署の期待にこたえる地位にあることに鑑み、その職責を規定したものと解すべきである。したがつて、同条は、税理士たる社会的地位や税理士業務を行なうに必要な税理士一般の職責を定めたものであり、単に税理士業務に関する職責のみを限定して定めたものではない。また、同法三七条は、右一条の規定する税理士の職責を円滑に遂行し、かつ、税理士の社会的地位を維持し、さらにはより向上させるために税理士一般の信用または品位を害するような行為をしてはならない旨を規定したものであり、税理士業務を行なうについての信用または品位の保持に限定されるものではない。三、物品税法の第二種物品の課税標準は、昭和三七年法律第四八号による改正前の物品税法三条一項および同法施行規則一一条の二の規定から適正な市場価格で表現される価格であると解されるにしても、当時税務署長は右課税標準額を決定する権限を有していたものであり(同法八条三項、同法施行規則一七条)、税務署の間税課職員は物品税法上の収税官吏として同法一七条に規定する質問、検査ないし監督上必要な処分をなす権限を付与されていたのであつて、これらの権限が国税収納命令官または代理国税収納命令官のみに限定されて付与されていたものではない。四、本件懲戒権は時効により消滅することはない。懲戒権と性質を異にする刑罰権の時効の規定は本件の場合に類推適用されるべきものではなく、また除斥期間の規定は特に法律に定めのある場合にのみ適用があるのであつて、本件懲戒については右の定めはないのであるから、弁護士法の除斥期間の規定も類推適用すべきではない。五、本件懲戒処分は、控訴人のなした贈賄行為の悪質性に照らして、他の同種処分と比較しても妥当なものであり、被控訴人の懲戒権の裁量権の範囲をこえるものではない。また控訴人の行為の悪質性に鑑み、たとえ本件程度の時間の経過があつたとしても、それのみで懲戒の必要性がなくなるものではなく、被控訴人の本件懲戒処分には裁量権の濫用はない。」と述べた。
控訴代理人は、当審の控訴本人尋問の結果を援用し、後記乙第一四号証の成立を認めた。
被控訴代理人は、乙第一四号証を提出した。
原判決六枚目表五行目の「証人吉原普」とあるを「証人吉原晋」と訂正し、同一一行目の「第一〇、第一一号証の各一、二」とあるを「第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三」と訂正する。
理由
当裁判所は、当審における証拠調べの結果を参しやくしても、控訴人の本訴請求を理由がないと判断するが、その理由の詳細は、次に付加するほかは、原判決の理由欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
一、原判決七枚目裏一〇行目の「原告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審、ただし後記措信しない部分を除く)」を加え、同九枚目表八行目の「原告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審)」を加える。
二、税理士法三七条は、税理士が中正な立場において納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務を適正に実現し、納税に関する道義を高めるように努力しなければならない職責を有する(同法一条)ことに鑑み、税理士のこの職責を円滑に遂行してその社会的地位を維持向上させるため税理士一般の信用または品位を害する行為を禁止した趣旨の規定であり、個々の税理士業務行為の遂行の際の信用または品位の保持のみに限定して、これを禁止することを目的としたものと解すべきではない。したがつて、控訴人の本件酒食の供応に加担した行為ないし酒食を供応した行為が同法三七条に違反することは明らかである。控訴人の前記一の主張は理由がない。
三、昭和三四年当時物品税法の第二種物品の課税標準については、税務署長が課税標準額を決定する権限を有し(昭和三七年法律第四八号による改正前の物品税法八条三項、同法施行規則一七条)、税務署の間税課の職員である大蔵事務官は、物品税法上の収税官吏として同法一七条所定の質問・検査等をなし、物品税の課税標準の調査等をなす権限を有していたものである(大蔵省組織規程一四三条二号参照)。したがつて、税務署の職員が右課税標準を査定または決定し得ないことを前提とする控訴人の前記二、の主張も理由がない。
四、懲戒権が時効によつて消滅するものでないことは、一般に認められるところである。また、昭和四一年三月二四日付をもつてなされた本件懲戒処分は、控訴人の行なつた前記のような行為の性質、態様、時期その他の事情に鑑みるときは、著るしく時宜を失したものとはいえないし、内容的に被控訴人の懲戒権の裁量の範囲を逸脱したものともいえない。なお、懲戒権については、刑罰権に関する公訴時効を類推適用することは、その性質・目的の相違に鑑み、許されないものというべきであり、弁護士法の懲戒に関する除斥期間の規定も、その規定を欠く税理士の懲戒については類推適用の余地はないものと解する。したがつて、控訴人の三および四の主張も理由がない。
そうすれば、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。そこで、民訴法三八四条一項、九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(位野木益雄 鰍沢健三 鈴木重信)